「桃の不二山」は「粕壁小唄」と「新・春日部音頭」の両方の歌の歌い出しになっています。
「不二山」は小渕にある不二山浄春院のことですが、この一帯は小渕砂丘にあたり、藤塚砂丘と同様に農作には適さないため、桃の栽培が盛んで「白桃、水蜜桃」の優良な産地でした。
明治44年7月の埼玉新報には
『水蜜桃と仮停車場(藤塚村)7月15日から8月20日迄
粕壁 武里間に仮停車場』
との記事が、明治45年3月には
『東武線の桃(粕壁、越谷の桃林 来月3日見ごろ)』
との記事が掲載されています。
春の花見、夏の出荷が新聞記事になるほど、春日部では桃栽培が活発だったことがうかがえます
また「ふるさとかすかべ郷土史かるた」(須賀芳郎作、平成5年)には、
『桃山も 今は新興 住宅地』
という読み札があり、新・春日部音頭が発表された昭和30年代前期までは残っていた桃山が、今では住宅地に変わってしまったことが記されています。
ちなみに仮停車場の位置は今の一ノ割駅付近と思われます。粕壁駅と武里駅は明治32年(1899年)に開設されていますが、一ノ割駅の開設は大正15年(1926年)です。
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